My Opinion


[はじめに・・・]
 毎日、ニュースや新聞などをみていて「おや?」と思うことがよくあります。 そんな、「おやっ??」という記事をとりあげて、隔週くらいの間隔で 時事問題から軟派なネタまで、幅広く私の意見を書き足して行く予定です。 ご意見 ご感想などありましたら aga@blue.plala.or.jp まで、どんどんメールしてください。批判・反論も大歓迎です!


2002年11月26日(月)


[2つの事件を通して見える、警察の闇]

 昨日、ひさびさにテレビ朝日の「ザ・スクープ」が放送された。テーマは2つ。一つ目は、オーストラリアで日本人観光客が不当な捜査・裁判の末に10年もの間刑務所に収監されていた、いわゆる「メルボルン事件」について、オーストラリアの捜査・司法機関の仕事ぶりがいかに杜撰なものだったのかを問いただすものだった。取り調べの間も裁判期間中も、まともな通訳すら準備されていなかった様子が、裁判で証拠提示された警察での取り調べの様子を記録したテープにありありと映し出されていた。重要な供述内容が、まともに通訳していないだけならまだしも、日本語で話されたのとはまったく逆の内容で英語に翻訳され、調書にされていたのだ。もう一つは神奈川県戸部所で起きた、警官による取り調べ中の被疑者誤射、およびその後の神奈川県警(またか!)による悪質な隠蔽工作を告発するもの。97年11月、刀法違反などの容疑で逮捕された横浜市内の金融業の男性(当時55歳)が、取り調べ中に証拠品の拳銃で自殺したとされた事件が、じつは取り調べにあたっていた警察官による誤射であることが民事裁判の過程で明かとなった。それだけでなく、不祥事を隠すための、警察による組織的な証拠隠蔽までもが明かとなったのだ。この放送内容には一部「これはやりすぎだろう」と眉をしかめる部分もあったものの、さすがは長年の調査報道番組だけあって、しっかりとした取材に基づいた重厚な構成で、思わずうなってしまった。

 どちらも捜査機関の不祥事がテーマだが、この2つの事件を違う角度から眺めてみると、他の先進国と比較して日本の捜査機関に決定的に足りないものがあることに気づく。被疑者に対する取り調べのプロセスの透明度だ。メルボルン事件で、オーストラリアの捜査機関による杜撰な捜査を明かにできた一つの理由は、取り調べの様子がすべてビデオテープに記録され、それが裁判で証拠提示されたからだった。これはオーストラリアに限らず欧米諸国では、すべての取り調べの様子をビデオ撮影もしくは録音し、裁判において被告側から証拠提示を求められたときには原則として公開することが一般的なのだ。これに対して日本では未だにこのようなことはおこなわれておらず、取り調べの様子を外部から伺い知ることはできない。その結果、先の警官による誤射事件もみ消しのように、警察側の都合のいいように事件を処理される可能性があるのだ。それだけではない。取り調べのプロセスが外部から完全に見えない密室でおこなわれているために、不当な圧力、もしくは心理的な圧迫による自白の強要が日常的におこなわれている可能性があるのだ(無罪の人が心理的に圧迫され、ウソの自白に追い込まれてしまう様子は、「自白の心理学」(浜田寿美男 著/岩波新書)に詳しい)。このようなことをなくすには、取り調べの様子をすべて記録するほかない。昔と違い、今では映像で記録することも音声で記録することも、格段に簡単になっている以上、なおさらである。ところが警察は今でも、取り調べの記録に対して、強硬に反対しているという(「自白の心理学」より)。

 折しも今日、神奈川県警は先に紹介した誤射事件に対して、「事実認定に誤りがある」として控訴した(関連記事)。いったいいつまで、ウソの上塗りを繰り返すつもりだろう。そして、いったいいつまで遺族の方々に苦労をかけるつもりなんだろう。おそらく神奈川県警側は、裁判を長期化させてなんとか和解にもちこみ、不祥事をなかったことにしたいのだろう。心底から怒りを感じずにはいられない。

【関連リンク】
  神奈川県警オンブズマン
http://www.independence.co.jp/police/
 
  神奈川県警
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
 
 


2001年6月1日(土)


[I say, "FREE Tibet !" 聖なる山に2人目はいらない]

 いまの世の中、飛行機やバスやクシーを乗り継いで、片道で一週間もあ れば世界中のどんな辺鄙な町にでも行くことができる(もちろん、お金の 問題さえクリアすればの話だが・・・)。南極ツアーなんて数年前から存 在するし、私自身、2年前、日本出発からたった4日でヒマラヤ山中にあ るガンジス川源流の氷河にたどり着くことができたくらいだ。

 でも私の知る限り、人々が生活している場所でありながら、片道一週間 ではとても行けないような場所が1つだけある。チベット高原の中央、カ イラス山周辺だ。この地域に辿り着くためにはは、いくら天候に恵まれた としても、およそ一ヶ月弱もの時間が必要である。

 このカイラス山はチベット仏教はもちろん、ヒンドゥー教、ボン教(チ ベット古来の土着宗教)、ジャイナ教の聖地となっている。イスラム教徒 の人々が、一生に一度はメッカ巡礼をと願うように、チベット仏教徒にとっ てカイラス山はとても大切な巡礼の場所なのだ。

 カイラス山をめぐっては、チベット仏教におもしろい伝説がある。その 昔、チベット仏教カギュ派の開祖であるミラレパが、ボン教のナロ・ボン チュンとこの場所で争ったときのお話。2人はまず、お互いに洞窟を作っ て力を競い合った。はじめにミラレパは、家ほどもある巨大な岩を素手で 割った。ボンチュンも負けじと巨大な岩を素手で割って、それをまずは洞 窟の壁にしようとした。ところがふと見ると、ミラレパは、さっき割った 大きな岩を洞窟の天井にするために、なんと宙に浮かべているではないか! あっけにとられたボンチュンはそれから何もできず、一回戦はミラレパの 勝ち。次に2人は、どちらが先にカイラス山の頂上に着けるかで競争した。 夜明け前、まだミラレパが眠っている隙に、ボンチュンは太鼓に乗って飛 び立った。ミラレパを尻目にどんどん頂上に近づくボンチュン。これで勝 負あったかに思えた次の瞬間、ミラレパは日の出とともに射した日の光に 乗って、一瞬でカイラスの頂上に到着してしまった。これ以来、ボン教徒 はカイラス山をチベット仏教徒に譲ってしまったという−−−。

 このカイラス山を巡礼するために、広大なチベット高原の各地から数ヶ月 もかけて人々がやってくる。なかには何年もかけて、歩いて来る人もいる。 さらに信仰厚い人になると、何百キロもの距離を五体倒地礼(立った状態 から地面に腹ばいになって祈りを捧げ、また立ち上がる)を繰り返しなが ら10年近くかけて巡礼をする人もいる。またジャイナ教徒やヒンドゥー 教徒もインドから険しいヒマラヤ山脈を越えて巡礼にやってくる。その巡 礼の様子は、およそ100年前にこの場所を訪れた探検家ヘディンや、仏 典を求めてこの地に入った河口慧海の時代と、まったく変わらない。カイ ラス山周辺はまさに、中央アジアの一大聖地なのだ。

 ところが先月、中国政府はスペインの登山隊に、この聖地カイラス山の 登山を許可したという(朝日新聞 5/18)。これはおそらく、独立運動が くすぶりつづけるチベットの文化を押さえつけるという、これまでの中国 のチベット政策の一環なのだろう。

 中国政府はチベット仏教の指導者、ダライ・ラマを、チベット独立運動 の源とみなしていて、ダライ・ラマの写真を持っているというだけで地元 の人々は逮捕され、場合によっては酷い拷問を受けることもある(旅行者 であればチベット自治区から追放される程度)。また、チベットを旅行す るバックパッカーたちの間では、「チベット独立のデモを見かけても絶対 に写真を取らない」という暗黙のルールがある。もし中国側の公安に見つ かって写真を没収されれば、そこに写っているチベットの人々が拷問を受 けることになるからだ。

 世界的な人権保護団体アムネスティによると、たとえば独立を求めるデ モをした人々が受ける処罰は、次のようなものだという。

 ・平均二ヶ月間の投獄
 ・殴る蹴る
 ・電気棒によるショック
 ・一畳ほどの窓のない独房に一ヶ月以上閉じ込める
 ・獄中で独立運動を行った者は、最悪の場合、処刑

 こうしたなかで出てきた、今回のカイラス登山許可は、この山を聖地と して信仰する人々の気持ちを踏みにじるものでしかない。

 チベット自治区にはカイラス山周辺地域のほかにも、92年に発見された 敦煌を超える規模の石窟寺院、ピャン・トンガ遺跡や、グゲ王朝の栄えた都 市跡であるグゲ遺跡など、貴重な文化遺産が数多く残されている。これらの 文化遺産を保護するだけでなく、チベットに生きる人々の文化を守るために も、これらの地区を世界遺産として認定し、不当な圧政から保護されるべき である。

 カイラス山に2人目の登頂者はいらない。

【参考HP】
  チベット関連のリンク集
http://www.bekkoame.ne.jp/~theads/th/etc/tibet.html

  I love TIBET!
http://www.tibet.to/

  アムネスティ・インターナショナル
http://www.amnesty.or.jp/


2001年4月1日(日)


[知られざるオモシロ映画(2) ヤン・シュヴァンクマイエルの不思議な世界]

 「さぁ、これから触覚の芸術をつくりに行きなさい!」
       (シュヴァンクマイエル・『触覚と想像力』より)

 もしも「ユーモラスな悪夢の世界」があるとしたら、たぶんシュヴァン クマイエルの映画のような世界にちがいない。彼の作り出す不思議な映像 は、グロテスクでありながらどこかユーモラス。

 たとえば短編映画『フード』。レストランで注文をとりにきてくれない男が、 とつぜん自分の着ているものをナイフとフォークで食べ始める。革靴を食べる シーンはチャップリンの『黄金狂時代』を連想させるが、シュヴァンクマイエ ル監督はさらに過激だ。スーツを食べ終わった男はさらにテーブルをナイフと フォークでバラバラにして、顔面全体をグロテスクに歪ませながら食べる。途 中、彼の邪魔をした白髪交じりの男性は、殴られて両耳からナイフとフォーク を飛び出させる。

 ほかにも男の顔に模型列車を走らせる『男のゲーム』、2枚のステーキ肉が ダンスを踊ったあと悲劇的な(?)結末をむかえる『肉片の恋』、野菜や石や 粘土でできた顔たちが文字通り「食うか食われるか」のケンカをする『対話の 可能性』、などなど。

 どの映画も、粘土細工やアニメーションと実写とをうまく組み合わせること で、まるでダリの絵がそのまま映画になったような、シュールな映像ばかり。 シュルレアリズム絵画が好きな人は、ハマることまちがいなしの "触覚的映画" の数々。

 ただ残念なのは、彼の短編集をビデオにまとめて販売していたダゲレオ出版 (なんちゅう名前や)が数年前に倒産してしまったので、なかなか彼の映画を 目にする機会がないということだろうか。。。

   

【参考HP】
  Jan Svankmajer(英語)
http://www.illumin.co.uk/svank/

  シュヴァンクマイエル情報
http://www.asahi-net.or.jp/~tt2w-aktk/artists/infosvank.html


2001年4月1日(日)


[知られざるオモシロ映画(1) "チキンラン"]

 ハリウッドの人気映画だけが映画じゃない! この広い世界には、い んなオモシロ映画があるのに、なんで見向きもされないんだッ! ・・・と、そんな思いから、マイナーであるにもかかわらず、噛めば噛む ほど味がある、面白い映画を紹介します。一回目は、マイナーと呼ぶには ちょっと有名すぎるけど、もうすぐ公開の映画「チキンラン」をとりあげ ます。

 今週号のNewsweek 誌に、映画「チキンラン」の記事が載っていまし た。(Newsweek 4/11 号) この映画は全編85分がすべてクレイアニメというとんでもなく無茶な作品。何が無茶なのかというと・・・

 クレイアニメというのは、むかしポンキッキなどの子供番組でよく流れ てた、粘土(クレイ)を使った映画のことです。この粘土を少しづつ動か して、それをひたすら1コマ1コマ撮りつづけることで、まるで粘土がひ とりでに動いているような不思議な映像が出来上がるのです。

 ところが映画のフィルムは1秒あたり24コマ。単純に計算すると85 分の作品を作るには、じつに12万コマ以上、つまり粘土を動かしては撮 影し、また動かしては撮影するという作業を12万回以上も繰り返さない といけないという、ホント無茶苦茶な苦労をして作られた映画です。

 で、どんな内容かというと、これがまた養鶏場から脱走を企てるニワト リたちという、なんともユーモラスなお話。映画に出てくるニワトリもま たユーモラスでバカっぽい顔で、なんとも憎めない。

 でもこの顔、どっかで見たことあるなとおもったら、監督はあの(と言 っても、一部に熱烈な人気の)映画「ウォレスとグルミット」3部作の監 督だと聞いてナットク。(「ウォレスとグルミット・ペンギンに気をつけろ!」で、ヘマをやらかして冷や汗をたらすペンギンは必見!!)

 「ダイナソー」のようなCGバリバリの映画もいいけど、こういう手作 りの暖かみの伝わってくる映画もおすすめです。

【参考HP】
  チキンラン
http://www.chickenrun-jp.com/

  ウォレスとグルミット
http://global-rights.co.jp/WandG/

2000年12月以前の分

2001年3月までの分