My Opinion


[はじめに・・・]
 毎日、ニュースや新聞などをみていて「おや?」と思うことがよくあります。 そんな、「おやっ??」という記事をとりあげて、隔週くらいの間隔で 時事問題から軟派なネタまで、幅広く私の意見を書き足して行く予定です。 ご意見 ご感想などありましたら akira-a@geocities.co.jp まで、どんどんメールしてください。批判・反論も大歓迎です!

2001年3月28日(水)


[シリーズ・「田中角栄の真実」批判]

(3)嘱託尋問調書をめぐる問題・1 

 このシリーズ1回目で述べたように、ロッキード事件の発端は、76年に開か れたアメリカのチャーチ委員会におけるコーチャン(ロ社副会長・肩書きはす べて当時)証言だった。その後、アメリカ側から入手した資料などをもとに、 日本の捜査当局は同年4月、アメリカに検察官を派遣してコーチャンと接触し、 任意の取り調べに応じるよう説得をおこなった。しかしコーチャンはこれを拒 否。これを受けて検察側は、アメリカにいる証人が任意の取り調べに応じない 以上、刑訴法226条により、証人尋問をアメリカの司法当局に嘱託しておこな う方針を決める。こうして得られたコーチャンおよびクラッター(ロ社東京事 務所代表)の尋問調書が、嘱託尋問調書と呼ばれるものである。

 ここで法律問題について述べると、まず刑訴法226条では「犯罪の捜査に欠 くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二二三条第一項 の規定による取り調べ(筆者注:任意取り調べ)に対して、出頭又は供述を拒 んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人 尋問を請求することができる」と明記されている。つまりわかりやすくいえば、 出頭を拒否された参考人からの供述が重要である場合には、任意の出頭しか要 請でききない検察官が、捜査の一環として、強制力を持つ裁判官に参考人の尋 問を依頼(証人尋問手続き)することができる、ということである。

 ところがロ事件の場合、その尋問をおこなう際にコーチャンおよびクラッター が証言と引き替えに免責を求め、検察庁がこれを承諾したことが大きな問題と なった。日本の法律には免責規定がないため、このようにして得られた証言は 証拠として認められないのではないか、というのである。この点については裁 判でもさんざん争われ、一審判決では証拠能力ありと判断されたが、最高裁で はそれが否定された。  しかし木村氏は、捜査の過程で嘱託尋問調書を作成すること自体を「違法捜査」と決めつけたうえ、

本来このような違法捜査をチェックすべき責務を負う裁判所までがこれを怠っ たのであるから、田中元総理有罪に向けてエキサイトしていた当時の世論に 影響され、裁判所までがオーバーヒートし、冷静な判断力を失ってしまって いたのではないかと言わざるを得ない(中略) (最高裁)判決の中で大野裁判官の補足意見は、「本件においては、証人 尋問を嘱託した当初から被告人、弁護人の反対尋問の機会を一切否定する結 果となることが予測されていたのであるから、そのような嘱託証人尋問手続 きによって得られた供述を事実認定の証拠とすることは、伝聞証拠禁止の例 外規定に該当するか否か以前の問題であって、刑訴法一条の精神に反する。」 と述べている。(18 - 19ページ)
 と、まるで鬼の首でも取ったかのように述べている。しかしこれは読者の多 くが裁判で用いられる用語について詳しく知らないことにつけ込んだ、トンデ モナイ詭弁である。ここで木村氏は、刑訴法で規定される「証拠」という言葉 の意味するところが、世間一般での意味とは違うという重要な事実を、意図的 に知らないフリをすることによって、まるでこの尋問調書が違法な手段によっ て得られたという印象を読者に与えようとしているのだ。

 具体的に見ていこう。まず、そもそも刑訴法というのは、裁判プロセスだけ でなく、犯人の捜査・訴追から刑の執行までの法的ルールを定めた法律のこと である。この法律において「証拠」という語は、裁判官が有罪・無罪を判断す るための材料として法廷で吟味するものを指す。つまり簡単に言えば、ミソも クソもいっしょくたにして何でもかんでも証拠として法廷に持ち込まれたので はたまったものではないので、法廷で「証拠」として取り上げるためには最低 限これだけの要件を満たしなさい、という基準が刑訴法によって規定されてい るのだ(もちろんこれだけではないが)。このうち、ここで問題となる「被告 人以外の者の供述書」が証拠として法廷で取り上げられるための要件は、第321 条1項の1-3号に詳しく記されている。簡単に紹介すると、以下のようになっ ている。

1号:裁判官の面前における供述を録取した書面(裁判官面前調書)
2号:検察官の面前における供述を録取した書面(検察官面前調書)
3号:それ以外の、供述が特に信用される状況でおこなわれたもの(特信状況)

 また、おなじ人物による供述で内容がくいちがう場合には、3号よりも2号、 2号よりも1号で規定される書面のほうが証拠として採用される。つまり、たと えば証人が法廷で、「検察官の調書はウソです、脅されてウソをしゃべってし まったんです、事実はこれこれこういうことです」と述べた場合は、検察官面 前調書ではなく法廷での供述が証拠として採用される。

 さて、ここまでの議論をふまえて、再度、木村氏が引用している最高裁の補 足意見を読んでみてほしい。「嘱託証人尋問手続きによって得られた供述を事 実認定の証拠とすることは(中略)刑訴法一条の精神に反する」の部分である。 もう分かっていただけたと思うが、ここで最高裁判決が言っているのは「嘱託 尋問手続きは刑訴法の精神に反する」といことではない。判決が述べているの は、「この手続きによって得られた供述を、裁判所において事実判定の材料 (証拠)とすることはできない」という、ただそれだけのことなのだ。

 そもそも最高裁判決の補足意見には、木村氏が引用をストップしているすぐ 後ろの部分にこう書かれているのだ。

しかし、捜査の端緒ないし捜査資料の収集として嘱託尋問調書をし得るとい うことと、その結果得られた資料を我が国の刑事裁判上、事実認定の証拠と することができるということとは別個の問題である(同上)
 嘱託尋問手続きは、捜査資料の収集の一環として行うことは可能だが、それ を法廷で証拠採用するかどうかは別の問題だとハッキリ述べているこの部分を、 木村氏は意図的に隠して、読者に誤った印象を与えようとしているとしか思え ない。(以下次号)
【参考HP】
  岩見隆夫氏のコラム
http://www.mainichi.co.jp/eye/iwami/sunday/2000/1008.html
  「田中角栄の真実」の紹介
http://www.koubundou.co.jp/books/pages/kbn7618.html
  最高裁判所HP
http://www.courts.go.jp/
  国会議事録検索システム
http://kokkai.ndl.go.jp/

2001年3月14日(水)


[シリーズ・「田中角栄の真実」批判]

(2)総理大臣の職務権限について

  ロッキード裁判では、内閣総理大臣の職務権限という、非常に大きくかつ多岐にわたるものが争点となったために、 裁判においても長期にわたって非常に激しく争われた。

 その前にまず、ロッキード事件当時の刑法の規定を原文のまま引用しておこう。
刑法197条(1)
公務員又ハ仲裁人其職務ニ関シ賄賂ヲ収受シ又ハ之ヲ要求若クハ約束シタルトキハ 三年以上ノ懲役ニ処ス請託ヲ受ケタル場合ニ於テハ五年以下ノ懲役ニ処ス[1]
 職務権限をめぐる法廷論争は、結局のところ総理大臣が全日空にロ社のエアバスを購入するよう働きかける行為が、 この条文の「其職務ニ関シ」という一語に含まれるのか否か、という点に尽きる。

 この一語については「職務自体ナルコトヲ要セス其職務ニ関渉スルモノナルヲ以テ足ル」 とする大審院判決(1913 年) があり、それ以降この解釈が一般的なものとなっている。分かりやすく言うと、 「其職務ニ関シ」というのは、(A) 法令で定められた職務行為、(B) 職務に密接に関連する行為の2 つを含む概念であり、 前者が職務権限に直接関係する行為、後者が密接関連行為(又は準職務行為)と呼ばれている。そして収賄罪は(A)(B)の いずれか一つが認定されれば、成立する。

 話はそれるが、政治家の収賄疑惑がさわがれると「職務権限がないなら、いくらカネをもらっても収賄罪にはならない」 などという議論が必ず出てくるが、これは誤りである。つまり職務権限がなくとも、それが「職務に密接に関連する行為」 であれば、収賄罪が成立するからである。

 では具体的に、総理大臣が全日空にロ社のエアバスを購入するよう働きかける行為が(A) もしくは(B) に含まれるのかどうか、 裁判所はどのような判断をしたのだのだろうか。少し長くなるが、第一審判決要旨の一部を引用してみる。
全日空に対し、L 一〇一一型機を選定購入せしめるべく行政指導せよと運輸大臣を指揮するような行為は内閣総理大臣たる被告 人田中の職務権限に属する行為であり、その自ら全日空に対し右行政指導と同じ内容の働きかけをするような行為は、右の職務と 密接な関係を有する準職務行為であるというべく、結局、本件五億円は、被告人田中の職務に関し供与された賄賂であって、被 告人田中は、その職務に関する行為をなすべきことの依頼を承諾し、すなわち「請託」をうけてこれを収受したものということが できる。(地裁判決理由要旨・第五章四節より抜粋)

 少々わかりにくい文章だが、簡単にまとめると、
(1) 全日空が特定機種を選定すべく運輸大臣を指揮する行為  → 職務権限に属する行為
(2) 総理大臣が全日空に対して自ら働きかける行為                  → 準職務行為(密接関連行為)
となり、(A)(B)の両方が認定されている。

 ところが「田中角栄の真実」では、この点を批判する第6 章のタイトルとして

内閣総理大臣の職務権限とはいかなるものなのか最高裁の判決は、田中総理は全日空の新機種選 定に介入する職務権限を持っていたと認定しているが、誤りである(107ページ)

と掲げていて、あたかも上記(1) の認定をくつがえせばロ裁判の判決をひっくり返せるか のように書かれているのだが、実際には(2) についても論駁しなければ十分ではない。

 しかも悪いことに、(1) についての木村氏の批判自体が、またしてもロ 裁判を担当した弁護士が書いたとは思えないような、「お粗末」な批判な のである。たとえば運輸大臣を指揮する行為は内閣法6 条に規定する閣議 にかけて決定した方針なくして、総理大臣が各省大臣を指揮監督すること はできないという規定をもちだして、次に引用する最高裁判決に噛みつく のである。
内閣総理大臣の地位・権限に照らすと、同大臣は、閣議にかけて決定し た方針がない場合でも、少なくとも内閣の明示の意志に反しない限り、 行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよ う指導、助言などの指示を与える権限を有すると解する(最高裁判決)
 つまりこの最高裁判決では、内閣法6条の規定に反するというのである。そして
「指示を与える権限」(以下仮に指示権という)というあいまいな概念を創設し、 これにより職務権限ありとして一、二審の有罪判決を支持したのである。(116ページ)
特に注目すべきは、(筆者注:個別意見のなかで)草場裁判長と中島、三好、 高橋の四裁判官の意見が一、二審判決を否定して、「本件では運輸大臣には全日空の 新機種選定に介入する権限はなく、田中総理にも運輸大臣を指揮監督する権限はなか った」とはっきり述べていることである。(114ページ)
などと書くのである。

 これではまるで、最高裁が田中角栄を有罪にするために、法をネジ曲げ て「指示権」というあいまいな概念を創設したけれど、少数の "良心のあ る" 裁判官はこうしたやり方に納得できず、個別意見で職務権限を否定し た、といった書き方である。しかしこれは事実ではない。その理由は、木 村氏が引用した裁判官4 名による個別意見にある。木村氏がその一部しか 引用していない個別意見は、実は次のようにつづくのである。
しかし、運輸大臣が右勧奨をした場合には、前記のような特殊例外的な 事情が存在しないときであっても、その勧奨は民間航空会社に対しその職務権限 の範囲内でされる行政指導と同等の事実上の影響力を与えるものであって、運輸大 臣の職務と密接な関係にある行為といえる。そうすると、内閣総理大臣が運輸大臣に対 し右勧奨をするよう指示を与える行為は、内閣総理大臣がその指示権能に基づき本来有す る職務と密接な関係にある行為といえる。(裁判官4名による個別意見より)
 つまりこの個別意見は、最高裁判決が全日空が特定機種を選定すべく運 輸大臣を指揮する行為を「(A) 職務権限に属する行為」としたことに対し て、そうではなく、これは「(B) 密接関連行為」ではないか、と言ってい るのである。いずれにしてもこれは有罪判決を支持するものであり、木村 氏の言うような「一、二審判決を否定」したり「弁護人の主張が認められ た」というようなものでは全くない。

 はっきり言って、このように判決文の一部だけを都合のいいように引用 して、自分の主張を述べるようなやり方は、フェアではない。もしかして 木村氏は、ロッキード事件が世間から忘れられつつあるのをいいことに、 「少しくらいウソを書いてもバレないだろう」とタカをくくっているので はないだろうか。

【シリーズ・「田中角栄の真実」批判】
 今後の予定
  (3) 嘱託尋問調書の証拠能力
  (4) 清水ノートというアリバイ
  (5) ロッキード裁判とは何だったのか
【筆者注】
  [1]
この規定はその後1980年4月に改正され、法定刑がそれぞれ2年ずつ引き上げられた。
【参考HP】
  岩見隆夫氏のコラム
http://www.mainichi.co.jp/eye/iwami/sunday/2000/1008.html
  「田中角栄の真実」の紹介
http://www.koubundou.co.jp/books/pages/kbn7618.html
  最高裁判所HP
http://www.courts.go.jp/
  国会議事録検索システム
http://kokkai.ndl.go.jp/

2001年2月26日(月)


[シリーズ・「田中角栄の真実」批判]

(1)外為法違反と別件逮捕論

 これまでに、このメールマガジンでも何度か触れたことがあるが、去年 の9 月、「田中角栄の真実・弁護人から見たロッキード事件」なる本が出 版された。著者はロッキード裁判の第一審から最高裁まで田中角栄元総理 の弁護士を勤めた木村喜助氏。この本、出版されてからまだ半年もたって いないのに、早くも11刷という好調な売れ行きである。

 実を言うと私は大学時代に(といっても数年前のことだが・・・)、一 般教養で受けた政治学の授業で、レポートのための調査の一環としてロッ キード事件についての当時の新聞記事を調べたことがあった。そんなこと から、去年この本を店でみたときには何気なくパラパラと立ち読みしてみ た。ところがザッと目を通してみると、これがロッキード裁判の担当弁護 士が書いたとは思えないような、初歩的なデタラメが何ヶ所も目について、 ついに買う気もなくなってしまった。

 このとき私は「また "トンデモ本" が出てきたな」くらいにしか思わず、 まともに読んでみるつもりも全くなかった。ところがその後、デタラメに 基づいて田中角栄無罪を主張するこの本を、彼の娘である田中眞紀子さん が絶賛したり、定評のある政治記者の岩見隆夫さんがサンデー毎日誌上で 本書に触れて「これだけの疑惑が残るからには、さらなる究明がマスコミ の責任である」などと書いたり、あるいは評論家の田原総一郎さんまでも が月刊誌上で「田中角栄は無罪だった!」と題した連載(「諸君!」2月 号〜)をはじめたりするのを見て、もう黙っていられなくなった。

 確かに、私のような若造がメールマガジン上で何を言おうが、ベストセ ラーに何度か名を連ねた「田中角栄の真実」の影響力に比べれば、吹けば 飛ぶほどのチッポケな力にしかならないかもしれない。それでも、世の中 で "センセイ" だの "識者" だのと呼ばれている人たちが平気な顔をして ウソ・デタラメをならべたり、それを無批判に他のメディアで紹介したり する姿を見るのは、どうしても我慢できないのである。

 岩見隆夫さんの文章はともかく、田原総一郎さんの連載については、言 いたいことが山ほどあるのだが、わざわざそのためだけにあのくだらない 月刊誌を買って読むのも馬鹿馬鹿しいので、これから先およそ5 回にわた って、田中角栄無罪論の火付け役である「田中角栄の真実」を取り上げて、 そのデタラメぶりを解き明かしてゆきたい。


 ロッキード事件といえば、もう30年近くも前、私もまだ生まれていない ころの事件なので、ここで当時の新聞報道等を元に、あらためて事件の経 緯をまとめてみる。

 1972年8 月、全日空に対するエアバス売り込み競争に不安を抱いた丸紅 会長(肩書きはすべて当時)の桧山は、専務の伊藤、大久保と相談し、政 界工作として田中角栄総理大臣に5 億円の賄賂を送ることを決めた。大久 保はそのとき来日していたロッキード社副会長のコーチャンに賄賂の支払 いを承諾させる。8 月23日、桧山は田中邸を訪れ、田中に、全日空がロ社 のエアバス、トライスターを購入するよう運輸大臣を指揮するか、田中自 身が直接働きかけるなどの協力を要請する。そしてそのとき、成功の見返 りとして5 億円を提供する用意があることを田中に伝えた。

 その後10月30日、要請どおり全日空がトライスター購入を決定。田中は 丸紅に約束の5 億円を提供するよう要請してきた。これを受けて伊藤は、 ロ社東京事務所代表のクラッターのもとに米国の本社から送られてきた5 億円を受け取り、田中の秘書である榎本に、4 回に分けて渡した・・・。

 これが、裁判所が認定した、ロッキード事件のあらましである。


 さて、「田中角栄の真実」ではまず、田中角栄逮捕に対する批判からは じまる。その前に田中角栄の逮捕に至るながれを見てみたい。

 1976年2 月4 日、アメリカ上院委員会多国籍企業小委員会(チャーチ委 員会)の公聴会で、ロッキード社の世界各国における政界工作の一部が明 かにされる。そのなかで日本に対しても「政府高官」数人に多額の賄賂で 売り込み工作をおこなったという証言が飛び出した。これを受けて検察庁 は、その「政府高官」が誰なのか調査をはじめ、次第にマスコミも、田中 角栄をはじめ佐藤孝行などの名前を挙げた報道を始めた。そんななか、つ いに7 月27日、田中角栄が逮捕される。

 「田中角栄の真実」では、このときの逮捕容疑が収賄罪ではなく、外国 為替法違反容疑だったことに対して、まず疑問を投げかける。
いわゆる別件逮捕である。つまり贈収賄事件として基礎的な内定捜査も できず、その嫌疑が十分でないので、見込み逮捕をしたのである。 (23ページ)
 また、外為法違反で逮捕したこと自体についても、こう反論する。
確かに法律はあるが、為替管理が緩和され、現実に法律によって処罰も されていないような形式的な違反をとりあげて、強制捜査に利用したの である。(13ページ)
 つまり検察は、ロッキード事件について田中を逮捕するだけの十分な証 拠がないので、わざわざ外為法のような "死に法" を持ち出してきて、別 件逮捕をしたというのである。

 なにも知らずにこれだけ読むと、まるでオウム事件の直後に信者が次々 と微罪で別件逮捕されたのと同じような強引な捜査が、田中角栄に対して もおこなわれていたかのように思うかもしれない。しかしこれは間違いで ある。しかも本書は弁護士が書いたものであるにもかかわらず、上に引用 した合計わずか5 行たらずの文章のなかに、法律に関するデタラメが、な んと2 ヶ所もあるのだ。

 まず一つ目は、田中角栄が外為法違反容疑で逮捕されたのは別件逮捕で あるという点だ。確かに別件逮捕によって得られた自供は、そのプロセス そのものが令状主義の空洞化を招くことや、拘置期間のいわば脱法的な延 長を可能にすることなどから、一般的にその証拠能力は認められていない。 [1] しかしこれは逮捕容疑(別件)と取り調べ内容(本件)とが著しく異 なる場合についてのことであり、この2 つが密接に関係している場合につ いては、そもそも別件逮捕とはならないのである。たとえば、ある男が民 家の窓から出てくるところを警察官が発見し、不法侵入の容疑で逮捕した とする。なぜ不法侵入したのかを追求しているうちに、家にあった現金を 盗んでいたことが判明して、窃盗容疑で再び逮捕する、といった場合であ る。

 そもそも、別件逮捕かそうでないかを判断する基準については、「A 事 件について逮捕・拘留の必要があり、A 事件とB 事件とが社会的事実とし て一連の密接な関連がある場合には、A 事件について逮捕・拘留中の被疑 者を同事件について取り調べるとともに、これに付随してB 事件について 取り調べても違法ではない」とする最高裁判決もある。[2]

 ロッキード事件について言えば、米国から違法な手段で送られてきた5 億円を、そうと知りながら田中角栄が受け取った行為そのものが外為法違 反とされたのである。もし仮に、

 (1) 米国から送られてきた5億円を受け取った。(外為法違反容疑)
 (2) 全日空の機種選定に関連して5億円を受け取った。(収賄容疑)

の2 つの行為のあいだに「社会的事実として一連の密接な関連」が認めら れないのであれば、田中角栄は別件逮捕だ、違法な手段で自供を引き出さ れた、などと主張することもできるだろう。しかし(1) と(2) のあいだに は「一連の密接な関連がある」というのは明らかだろう。5 億円を受け取 ったという(1) の理由に当たるものが、ズバリ(2)そのものだからである。

 著者の木村氏は田中弁護団の一員として裁判に携わり、(1) と(2) の両 方の容疑についてよく調べたはずだ。それにもかかわらず、これは別件逮 捕である、つまりこの2 つの容疑の間に密接な関連を認めることができな いとするその理由を、ぜひとも教えていただきたいものだ。

 二つ目のデタラメは、田中が外為法違反で逮捕されたことに対して、「 現実に法律によって処罰もされていないような形式的な違反をとりあげて、 強制捜査に利用した」と主張している点である。

 そもそも法律による処罰が多かろうが少なかろうが、どっちみち法律違 反には違いないやんッ!、なんてイチャモンをつけたくなるような一文だ が、それはひとまずおくとしても、そもそもこの記述自体がとんでもない 間違いなのである。たとえば76年に開かれた参院ロッキード問題特別委員会で 当時の警察庁の担当者が次のように答弁しているのだ。
昨年(1975年)警察が検挙送致いたしました外為法違反は534 件、240人 でございます。そのうち身柄拘束したのは90件、34人、身柄不拘束は444 件、206 人ということになっております。 (76.8.4 参院ロッキード問題特別委員会)
同委員会ではまた、法務省からの追加説明として、次のような答弁がおこな われている。
先ほど警察庁からも昨年の処理状況を示されましたけれども、検察庁で この外為法違反で求公判している事例も、昭和40年ごろから申しますと52 名から37名、25名と、場合によっちゃ一番少ないのは46年、47年で、5 名ずつということでございますが、昨年では63名に求公判が上がってお るという状況でございます。
外為法違反が「現実に法律によって処罰もされていない形式的な違反」な どというのは、とんでもないデタラメなのである。

 このように「ロッキード裁判の真実」という本は、ロッキード裁判を担 当した弁護士が書いた本であるにもかかわらず、たった20ページほど読ん だだけでも、これだけのデタラメが出てくるのである。[3]

 さすがにこれだけデタラメを並べるのも忍びなかったのだろうか、本の 「はじめに」の部分で、著者の木村喜助氏はこう書いている。
(裁判後に)このような本を書くつもりは全くなかったため、メモ類な どは一切作っていない。(中略)そのため記憶が欠落している部分があ ろうかと思う。(Cページ)
 記憶の欠落にしては、あまりにもひどすぎる。

【シリーズ・「田中角栄の真実」批判/今後の予定】
    (2) 総理大臣の職務権限
    (3) 嘱託尋問調書の証拠能力
    (4) 清水ノートというアリバイ
    (5) ロッキード裁判とは何だったのか
【筆者注】
  [1]
たとえば1967.4.2 東京地裁判決(東十条事件)など。
  [2]
1977.8.9 最高裁判決 (刑集9.4.663)
  [3]
これだけでなく、嘱託尋問調書に関する15ページ以降の記述も デタラメだらけなのだが、これについては連載の三回目で取り上げる予定です。
【参考HP】
  岩見隆夫氏のコラム
http://www.mainichi.co.jp/eye/iwami/sunday/2000/1008.html
  「田中角栄の真実」の紹介
http://www.koubundou.co.jp/books/pages/kbn7618.html
  最高裁判所HP
http://www.courts.go.jp/
  国会議事録検索システム
http://kokkai.ndl.go.jp/

2001年2月8日(木)


[しのびよる ”国旗・国歌” 強制への道]
 2月1日付の朝日新聞「声」の欄に、次のような投書があった。
北海道東部のある支庁の一市四町でつくる教育委員会連合会が昨年末、国旗・国歌のリーフレットをつくり、 役場の広報紙などに折り込んで三万三千の全戸に配布し、学校、家庭、企業などに掲揚・斉唱を要請した。
 ここで「北海道東部のある支庁云々」とあるのは、根室管内市町教育委員会連合会のことである。 投書では詳しく触れられていないが、この連合会が全戸に配布した、「21世紀の国際社会に生き る根室の子どもたちのために」と題されたリーフレットの内容には、見過ごしがたいものがある。
 たとえば地域、家庭、学校に対する要請として、次のようなことが書かれている。
地域:
各官公庁や企業等において、積極的に国旗を掲揚するとともに、市町や各種団体の主要行事等では、 国旗を掲揚し、国歌を斉唱するようお願いします。
家庭:
国民の祝日等には、国旗の掲揚に努め、日本や諸外国の文化や伝統を尊重し、 世界に貢献できる生き方の大切さを理解するようお願いします。
学校:
学習指導要領により、国旗・国歌の指導をする ことになっていることから、教育課程に位置付け、適切に指導するとともに、 入学式や卒業式などにおいて、国旗を掲揚し、国歌を斉唱しましょう。
 繰り返すが、このリーフレットのタイトルは「21世紀の国際社会に生き る根室の子どもたちのために」、である。ようするに、地域、家庭、学校ぐるみで、 次世代を担う子どもたちに日の丸・君が代を大切にする心を育てよう、というのである。 リーフレットには、ごていねいにも「国歌もみんなで歌ったよ」などと書かれたイラストまで、ちりばめられている。
 さらに最近、町村信孝・文部科学大臣が参議院で「(国会開会式での国旗・国歌の掲揚・斉唱は) ぜひ実現に向けて協議していただき、各学校の模範となることを国会自ら示してほしい」 「(学校での掲揚・斉唱は)国旗・国歌の意義を理解させ、尊重する態度を育てるために行っている」 などと答弁しはじめた[1]。(2/8 朝日新聞)


 こうした日の丸・君が代の上からの押しつけが抱える問題を要約すれば、 それが個人の「内心の自由」と深く関わってくるからであり、また、特に「君が代」は、 その内容が「天皇の国が末永くつづく」[2] ことを祈願するという、 民主主義国家としてふさわしくないものだからである。
 早大法学部教授の樋口陽一氏によると、近代国家とは、人々の内心の自由については介入せず、 逆に安全や経済的な生活水準の維持といった問題には積極的に取り組むような国家のことを指す。 だとすれば、主権在民の理念に反する歌を”国歌”とする法律を制定し、子どもたちに押しつける政治家たちは、 必死になって”前・近代国家”に逆戻りしようとがんばっているとしか思えない。
【筆者注】
   [1]
町村大臣は以前にも「高校卒業後の半年間を奉仕活動にあてさせ、大学入学は9月にしたらいい」 「学校に行かなくていいという、はき違えた自由が不登校を増やしている」などと、教育について 無茶苦茶なことを語っている。はっきり言って、文部科学大臣としては失格である。
   [2]
99' 6/21 「君が代」の「君」の解釈に関する政府の統一見解、および 6/29 参院本会議での小渕総理(当時)国会答弁より。

【参考HP】
反ひのきみネット : http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/
自由主義史観研究会: http://www.jiyuu-shikan.org/

2001年1月29日(月)


[たったこれだけ? インド大震災への支援]
 今月26日、インド西部のグジャラート州でM 7.5 の規模の大地震が発生した。専 門家によると、阪神大震災のM 6.9 と比較して、地震のエネルギーはおよそ10倍だという(1/28 朝日新聞)。阪神大震災の当時、私はボランティア活動などで何度か神戸を訪れ たことがある。町の至るところで建物が倒壊し、寸断された鉄道の駅から先へは荷物 をかついで徒歩で行くしかなかった当時の光景は、今でもよく覚えている。しかし今 回インド西部で起きた地震は、その10倍ものエネルギーを持つというから、これはも う想像を絶する大災害である。
 この震災に対して、イギリス政府は緊急救助隊69人を派遣し、瓦礫の下じきに なっていた親子を58時間ぶりに救助したという。またロシアからの救助隊も子供2 人 を救出したほか、隣国のパキスタン、スイス、トルコなど海外からの救助隊およそ400 人が既に現地で活動しているという。また日本からは、日本赤十字が医療チームを派 遣したほか、阪神大震災をきっかけに発足した日本レスキュー協会が、救助犬3 匹と 職員4 人の派遣を決めている(1/28, 29 朝日新聞)。
 ところが日本政府からは、緊急救助隊30名(ビザが出ず派遣を断念(1/29 朝日新聞)[1])のほか、 わずかに1 億350 万円の緊急援助を行うに止まっているという(1/29 朝日新聞[2])。しかし地震による被害の実状を、どこの国よりもよく知っているは ずの日本が、たったこれだけの資金援助しかしないというのは、どう考えても納得で きない。納得できないどころか、最近の報道に登場する金額と比較してみると、怒り すらおぼえる。たとえば・・・

     表1:最近の報道より抜粋
金額 内容
\310,000,000  松尾克俊・元要人外国訪問支援室長による機密費横領(1/25 朝日新聞)
\200,000,000  KSDによる、村上正邦議員に対する党費負担(1/27 朝日新聞)
\1,520,000,000  高知県土佐山村 前収入役による村の資金の横領(1/29 朝日新聞)
\6,000,000,000  神戸21世紀・復興記念事業(1/18 朝日新聞)

 村上議員がKSDからもらった金額は、今回のインドへの援助額の約2倍、外務省の松尾氏が私的に横領した額は約3倍である。神戸の震災復興事業に至っては約60倍もの税金がつぎ込まれている。
 インド西部の震災による死者は2万人以上、行方不明者は7万人以上と推定されている。さらにそれ以上の数の人々が、家もテントもなく、食料や水も満足に手に入らない状態で、避難生活を強いられているのである。ところが日本政府は、たった一人の国会議員に対するKSDの献金額よりはるかに少ない額で、家も肉親も失った10万人近い被災者への支援金としているのである。さらに神戸市に至っては、震災で苦しんでいる人々を無視し、政府による被災者への支援金の60倍ものカネをつぎこんで、"震災からの復興セレモニー" をやろうというのだから、もはやブラックユーモアとしか言いようがない。震災による被災者の苦しみをよく知る立場にある神戸市であればこそ、せめてその半額だけでもインド西部の人々のために使うべきではないか。
【筆者注】
[1] 1/30 報道によると、福田官房長官は一転、18名の救助隊派遣を決定したという。
[2] その後、政府は2億円強の追加支援をおこなっている。(2/7 読売新聞)
【参考HP】
ヤフーニュース : http://news.yahoo.co.jp/Full_Coverage/India_Earthquake/
AMDA 緊急援助 : http://www.amda.or.jp/contents/rescue/india2001/index.html
Yahoo India News(英語) : http://in.news.yahoo.com/

2001年1月16日(火)


[賄賂の意味をまったく理解しない厚生労働省]
 昨年から疑惑がささやかれ続けていたKSD事件にからんで、小山孝雄・参議院議員が受託収賄罪で逮捕される見通しである。 KSDの前理事長・古関忠夫被告(業務上横領と背任の罪で起訴)から、およそ2000万円を受け取った見返りとして、 参院労働委員会などでKSD側に有利な質問をおこなったという容疑である。
 これに関して、坂口力・厚生労働相は「当時の国会質問、答弁も見直しているが、労働行政の執行に不適切なことはなかった と確信している」「ものつくり大学も外国人研修も、小山氏やKSDからの要請があったから具体化したということではない」など と語った。さらに労働省出身の渡辺信・厚生労働審議官も「国会質問で労働省の方針が変わったというようなことは絶対にない」 と強調し、小山氏を間接的に弁護した(両者の発言は、1/16 朝日新聞より引用)。
 私はこれらの発言を読んで、ハッキリ言って唖然とした。これらの発言が、およそ公務員として持つべき認識とかけ離れたもの だからである。厚生労働省は「賄賂」というものをまったく理解していないのではないか。
 そもそも受託収賄罪について規定する、刑法197条の条文は、次のようになっている。
第197条(1)
公務員又は仲裁人が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。 この場合において、請託を受けたときは、七年以下の懲役に処する。
 つまり公務員がその職務に関して賄賂を受け取れば収賄罪が成立しますよ、ということである。 当たり前すぎるくらいに当たり前のことを言っている条文だが、ただ一つ注意して頂きたいのは、 賄賂をもらった前後の公務員の行為について、この条文には何の規定もないということである。 つまり、たとえばある公務員がその職務に関して賄賂をもらったにもかかわらず、公正に仕事をしつづけたとしても、収賄罪は成立するのである。
 カネを受け取っただけで、何ら不正な行為をはたらかなかったとしても収賄罪が成立するとい うのは、一見、奇妙なことに思えるかもしれないが、これに関しては1931年8月の、大審院による 有名な判例がある。刑法の教科書で贈収賄を論じる箇所に必ずといっていいほど登場するほど有名な判例である。一部を引用すると、
法カ収賄罪ヲ処罰スル所以ハ公務員ノ職務執行ノ公正ヲ保持セントスルニ止ラス職務ノ公正ニ対スル社会ノ信頼ヲモ保持セントスルニ在レハ・・・(以下省略)
 つまり、そもそも贈収賄罪を処罰するのは、「職務執行の公正」を保持するためだけでなく、「職務の公正に対する社会の信頼」 をも保持するためなのである。先の例をこれにあてはめると、たとえば公務員が賄賂を受け取ったにもかかわらず公正に仕事をした場合、 確かに「職務執行の公正」は保たれるものの、「職務の公正に対する社会の信頼」は保たれないがために、収賄罪による処罰の対象となるのである。
 これらのことをふまえて、冒頭に紹介した坂口厚生労働相や渡辺審議官の発言をもういちど読み返していただきたい。彼らの発言が 「贈収賄」というものをまったく理解ない、いかにピントはずれな発言であるかが分かって頂けたのではないだろうか。この程度の認識 しかない政治家でも厚生労働大臣になれるというのでは、あまりにも情けない。
 
【参考HP】
最高裁判所 : http://www.courts.go.jp/
電脳世界の刑法学 : http://w3.scan.or.jp/sonoda/
法学者・吉岡一男氏のHP :  http://www.users.kudpc.kyoto-u.ac.jp/~b50999/
金沢大学法学部 : http://www.law.kanazawa-u.ac.jp/index.htm

 

2001年1月11日(木)


[憲法調査会でデタラメを許す自民党]
 去年12月はじめ、衆院の憲法調査会において、各党が推薦する学識者を参考人として招き、意見を交わす場面があった(朝日新聞 12/26)。「憲法」という国の大黒柱について、しかも衆院の調査会という正式な場で、各党が招く学識者はいったいどんな意見を交わしたのかと興味シンシンだったが、与党の自民党が推したのが渡部昇一氏(上智大学教授・英文学)だと知って、あきれてしまった。というのも、この人は過去に何度も "デタラメ" を並べてきたからだ。
 案の定、この調査会でも言いたい放題だったようだ。
渡部氏は、戦前の国体思想、戦後の業界保護行政がともに社会主義の影響で生まれたとし、「(資本主義を批判した)マルクスのマインドコントロールから離れた新しい憲法の構想」を提案した。(記事より)

 はっきり言って、無茶苦茶である。まず戦前の国体思想であるが、これはそもそも、天照大神から代々続く "万世一系の天皇" が日本を統治するという神話に端を発する、一種の王権神授説であって、社会主義云々とはまったく関係がない。業界保護行政に至っては、もはや噴飯モノである。労働者の自由と私有財産の廃止を目的とする社会主義思想と、それとはまったく逆の業界保護行政とが、渡部氏の頭のなかで、いったいどこでどうつながっているのだろうか?
 しかし渡部氏は、そんなことはおかまいなしに話を続け、あげくの果てには満州事変について「満州族の正規の末えいが皇帝になるのを日本が助けたもの」と主張し、太平洋戦争中の日本軍の行為については「私は侵略とは認めない」と言い切った。
 渡部氏は過去にも、「神聖な義務」と題したコラムで、精神異常、精神薄弱、先天的身体障害などの劣悪な遺伝子を持つ者は自発的に断種して子供をつくるな、そうでないと社会のレベルが低くなると主張したり、南京大虐殺はまったくのフィクション、完全なる嘘だ、などとインタビューで答えたりと、とにかく暴論を吐き続けてきた人物である。
 まったく、バカも休み休みにしろ、とはこういう人のことを言うのだろう。こんなデタラメを並べて平然としている人物が大学教授であるのも驚きである。しかしそれ以上に、憲法調査会という正式な場に、平然とこのような人物を自民党が推薦しているという事実には、慄然とする。

【参考HP】
渡部昇一氏 : http://www.yomu.co.jp/profile/watanabe-shouichi.html


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