読書番外編・ユング

ユング思想の真髄 ・・・☆☆☆☆

現代思想の冒険者たち3・ユング ・・・☆☆

ユングの心理学 ・・・☆☆

エセンシャル・ユング ・・・☆☆☆☆

ユング心理学入門 ・・・☆☆☆

ユングとキリスト教 ・・・☆☆☆☆

人間と象徴・・・(近日)

創造する無意識・・・(近日)

変容の象徴・・・(近日)

影の現象学・・・(近日)

ユング自伝・・・(近日)

フロイトとユング・・・(近日)

母性社会日本の病理・・・(近日)




『ユング思想の真髄』 《林道義/朝日新聞社》


ユング思想の解説書は数多くあるけれど、彼の思想全体を、 その学問的方法論まで含めてこれほど明確にまとめた本には、 お目にかかったことがない。本書がどれほどユング思想を幅広く 解説しているかは、目次を見ただけでもよく分かる。

1章・ユングにとっての父性と母性
2章・ユング思想のルーツ
3章・臨床家としてのユング
4章・元型論
5章・学問的方法論
6章・対立物の結合
7章・シンボル的な生
8章・神とゼーレ
9章・神話としての世界観

いままでのユング思想の解説書といえば、《元型》と《象徴》と《記号》の 違いを説明して、それに書き手自身の体験をチョコチョコっと プラスする、というパターンがほとんどだったように思う。 それに対して本書では、ユングの学問的方法論の説明にも1章を 割り当てて、さらにあまり充分に説明されることの少ない 彼の晩年の思想も盛り込まれている(6章)。
ユング思想の全体像をたった一冊で把握することのできる、 数少ない解説書。ただ、筆者自身の「易占い」のエピソードが 玉にキズ。。。

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『現代思想の冒険者たち3・ユング』 《河合俊雄/講談社》


きれいな装丁のおかげで「お、入門書シリーズかな?」と思わせておきながら、 読んでみるとけっこうヘビーなこのシリーズ(笑)。 この巻も文章が難解で読みにくい部分が ちらほらとあった。
この本ではユング思想の発展の様子を、彼の人生とともに 描いていくというオーソドックスな手法を使っている。 そのために、彼の人生がどんなだったかは 本書からよく分かるのだが、彼の思想についてはいまひとつ はっきりとしない。伝記シリーズならばこれでも いいんだろうけど、現代思想を紹介するシリーズでこれは マズいのでは??
元型心理学の観点からユング思想を批判的に読み直す、 という本書の試み自体は、解説書としてはなかなか斬新でいい。 ただ、ユングの生涯も、彼の思想も、その欠点も・・・てな具合であらゆることを一冊に書き込もうとした結果、どれも不十分に 終わってしまった、という印象はぬぐいきれない。

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『ユングの心理学』 《秋山さと子/講談社現代新書》


「ユング心理学を知りたいけれども、 イカツイ解説書はちょっと・・・」という人向けの 手ごろな小冊子。 ただ、全部で7章構成なのに、6章になってようやく ユング思想のキー概念である元型が出てくる、というのは なんとかならんのかなぁ。。。
しかも扱う元型も「アニマ」と「グレートマザー」の 2つだけだし、「対立物の結合」についてもサラリと 流されてしまってる。まぁ、こういう小冊子ですべてを 取り扱うのは無理としても、もうちょっとバランスよく 解説してほしかったな。
ただ、かなり噛み砕いて書いてあるんで文章は分かりやすい。 入門書として読んでみる、というのもいいかもね。

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『エセンシャル・ユング』 《アンソニー・ストー編/創元社》


ユングが書いた膨大な量の著書のなかから関連する部分どうしを 集めて、「元型」「自己」「共時性」などのキーワード ごとに配列した、文字どおりユング著作集の エッセンスである。
ただ、エッセンスといってもモノスゴイ量。上下2段組みで 500ページ近い。 よくまぁこれだけ集めたもんだと感心する。
本についてる帯には「ユングが一冊で読める」という 宣伝文句があった。確かに本書では、ユング自身の 書いた文章によって彼の思想全体を読むことができる。 ただ問題なのは少々難解なこと。やっぱりこれを読むには ユング思想の入門書を1、2冊は読んでおく 必要があるだろうなぁ。
逆に、人間の心に関心のある人で、なおかつユングについて ある程度知ってる人ならば、ぜひ読んでほしい。ここには 人間に対する深い洞察や知恵がたっぷり含まれている。

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『ユング心理学入門』 《河合隼雄・培風館》


日本人として初めて、チューリッヒにあるユング研究所から 《ユンギアン》としての資格を与えられた著者が、 いまからおよそ30年前に著した本である。
ユングの《ユ》の字も知らないような当時の学生への講義録が 元になっているだけに、ものすごく分かりやすい。 この本ももう、今では日本におけるユング心理学の古典的名著 といってもいいくらいの存在になってしまった。 ユングの晩年の思想についての記述 に少し物足りなさを感じるものの、分かりやすさ という点では絶好の入門書(索引もいい!)。
どうでもいいけど、子どもが描いたかたつむりの絵が印象的でした。

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『ユングとキリスト教』 《湯浅泰雄・講談社学術文庫》


パリのモンパルナス駅から各駅停車に乗って1時間ほど行くと、 小麦畑の向うに美しい大聖堂が見えてくる。数年前のある日、 ぼくはその大聖堂のある小さな町、シャルトルを訪れた。
壁一面をおおいつくす、そのステンドグラスの美しさもさることながら、 この聖堂には一つ、奇妙なものがある。床に大きく石で描かれた円形の 迷路である。これはいったい、何なのだろう?
シャルトルは、キリスト教が伝わる以前は ケルト文化が栄えた場所だった。そしてちょうど、 昔ケルトの神々が祭られていた場所に、キリスト教徒たちは 今の大聖堂を建てた。ケルトの渦巻文様にも似た巨大な迷路は、 じつはそのケルト文化のなごりだったのだ。
ここには迷路のほかにも、ケルト文化の痕跡がある。 例えばこの地方に広く伝わる聖母信仰がそれである。 特にシャルトルは、聖堂の奥に「聖母マリアの衣」 が安置されていることから、昔から聖母信仰の中心地だった。
これはもともと、ケルト神話に「アナ」と呼ばれる女神がいたことによる。 キリスト教が伝わって以降、人々は 聖母マリアの母「アンナ」をケルト神話の「アナ」と同一視し、 それがいつしか聖母マリアへの信仰へと変化していったのだ。

かつてユングはこの大聖堂に、キリスト教の一つの あるべき姿を見てとった。それは「女性的なもの」と「肉体的なもの」 の、伝統的な教義への統合である。
聖書では、男性的な神ヤハウェが「言葉」によって世界を創造し、 自分を信仰する人々と「契約」をし、イエスという男性によって受肉 することになっている。そしてイエスは死後、復活し、神の世界である 天上へと昇ることになっている。そしてそこでは、女性(あるいは女性的なもの)や 肉体(あるいは肉体的なもの)は、魂を悪へと誘惑するものとして否定的に 描かれている。ある聖書外典では、女神は「忌むべきもの」とまで 言われているのである。
キリスト被昇天の教義に代表される、 男性的なものや霊的なものを《聖》とする傾向。 そして反対に女性的なものや肉体的なものに対する過剰な拒絶・・・。
こうした事態をユングは、メシア(救済者)イメージの過度の膨張であるとした。 そして、これまで拒絶されてきた女性的なものや肉体的なものを統合すること (対立物の統合!)こそ、キリスト教のもつ今日的課題であると主張する。

今世紀になってようやくローマ法王庁は、シャルトルのみならず世界中で 広く信仰されてきた「聖母被昇天」をキリスト教の正統教義とすることを認めた。 ユングの提唱した「対立物の統合」の過程は、まだ始まったばかりである。

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